人生論理

学歴の大切さを教えられない家庭で育った場合将来どうなるか

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隣国である韓国の受験シーンなどをテレビなどで見たことがある人はいますか?

警察や、国など全体が、受験生の大学受験をサポートしているシーンです。

 

韓国ではいい大学に入れるかどうかで、人生の大半が決定してしまうわけです。

いい大学に入ることができなければ、

その後、ほぼ確実にいい就職先に就くことができず、

結果として、不幸な人生を歩むことになってしまうわけです。

 

なんで、そこまで必死に?バカじゃないの?

と、批判的に見ている人もいることでしょう。

 

しかし、日本も決して例外ではありません。

日本も学歴フィルターというものが存在し、

就職時にそこが評価対象となることは間違いありません。

 

東京大学と、Fランとされる偏差値40近辺の大学では、

見られ方が、最初から異なっているわけです。

 

学歴や学生時代までにやってきたことが、

就職段階において、どれだけ評価されることになるのか、

ということを誰からも教えられてこなかった人は、

いい就職先に就くことができず、ほぼ確実に低所得のまま、

人生を終えていくことでしょう。

 

収入や、仕事内容は関係ないという人もたくさんいますが、

それは高収入で、なおかつやりがいのある仕事をしたことがない人が、

言うことであり、それが決して真ではありません。

 

誰だって、いい収入をもらいながら、いい仕事について、社会的に評価を得たいと考えているわけです。

 

しかし、その状態というのは生まれてきた段階で、ほぼ決まってしまうわけです。

 

両親が低学歴で、低所得で、なおかつ誰でもできるような仕事をしているような家庭で

生まれ来たとしたら、どこで気づいて挽回できると思いますか?

 

小学校、中学校の段階で気づいた!では、遅いです。

もっと早く、幼少期の段階で能力の大切さに気付き、行動をしていかなければなりません。

 

しかし、情報が閉鎖された幼少期の子供が、

将来必要な能力の大切さに気付けることはあり得ないのです。

 

 

ハングリーさと自分ができることのギャップからのストレス

貧乏な家庭で生まれ育った子供は、小さい頃から我慢を強いられる傾向にあります。

その子供は人一倍ハングリー精神を持つことでしょう。

 

それはそれでとてもいいことなのですが、

いくらハングリー精神を持っていたとしても、

血筋と生まれ育った環境が悪い状態だと、能力が低い可能性が高い状態にあります。

つまり、欲望だけが強いけども能力が低いやつということになってしまうのです。

 

アメリカでは生まれ育った段階からのエリートを徹底して英才教育をするという風土があるのですが、

日本では、努力論理が根強く残っているので、

本人の努力不足というところを強く言いたがります。

 

しかし、努力不足の状態は果たして、その本人だけの問題なんでしょうか?

 

残念なことに、努力しても全然できるようになれない人がいる一方で、

ちょっとの努力で簡単にできてしまう人もいます。

この状況を目の当たりにした当人は、どのように感じるのでしょうか?

 

努力しても無駄だから、もうやめよう。

努力不足だ!もっと頑張らないと!

 

人には素養があり、限界点があります。

本人がどれだけ強く熱望しても、できないことだってあります。

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